くもゆきの青紫のそら

イェソンに目を奪われていたら、気付けばSJ沼に落ちていた…もう身動き出来ないなら、きれいな空でも眺めていよう…☁️☁️🌛☁️

自殺を考えたことがありますか?

 

 

私はあります。というか、皆さんも一度位はあるのではないでしょうか?

私がはっきり最初に自殺を考えたのは、多分小学5年生の時です。

 

 

私は機能不全の家庭に産まれました。障害者の母親は私のことを産まれた時から嫌いでした。

 

いいえ、正確には、私が1歳になった頃からですかね。

私の母親は1歳の私が死亡してしまいかねない過失を犯したことがあり、それに激昂した祖母に私の面倒を取って代わられがちになりました。

以来私のことを自分の子供だと思わなくなった様です。

4歳の時にも海で死亡寸前の事故が起きたことがあります。この時のことは記憶が残っています。海の中にいた記憶があるのです。

5歳の頃には夜道に置き去りにされたこともありますし、40度以上の熱を出したのを放置されたり、××××××から泣きわめいて助けを求めたのに見捨てられて腰に障害を負いかけたこともあります。

 

しかし、悪意は無かったのでしょう、多分。

障害があったので、子供は放っておくと死ぬとか、見ておかなくては死ぬとか、側においておかなくては死ぬとか、そういうのがわからないのです。

 

 

父親は仕事に行き宗教で悦に浸り休日は呑んで寝るだけの人だったので、我が家には障害者の母親と幼子しかいないという状況でした。

満足な食事は得られません、衛生面も、ここには書けない程のものでした。

 

しかし、祖母だけが、私を愛してくれました。

私は私を愛してくれる祖母が大好きでした。

少し離れた場所に住んでいた祖母の家に、毎週泊まりに行っていました。一人で歩いて行きました。幼稚園児の足で、小学生の足で、一人で歩いて行きました。

祖母は足腰が悪くなっていたので私を迎えに来たりは出来ません。母親は子供が一人で遠くまで歩いていくことに疑問を感じないので、送ってくれたりはしません。

でも、歩きました。祖母に会う為に歩きました。毎週毎週、そうしました。歩いて行けば、おばあちゃんのごはんが食べられるんです。おこづかいもくれるし、一緒にテレビを観てくれて、具合が悪ければ心配してくれます。

 

 

しかし、家に帰れば母親が訳のわからないきっかけで××します。常識という常識が無く、忍耐がなく、恥を知らず、精神年齢は園児の様でした。

例え授業参観でもこの××××は×××××します。

 

ちなみにその母親と結婚した父親も、社会不適応ではあったと思います。子供ながらにあまりにも常識が無い人だと思っていました。

そしてそれが凄く恥ずかしかったです。それが露見せざるを得ない瞬間というのは度々あるものでした。

 

 

私は機能不全家庭においてネグレクトを受けて育っていた子供だった訳ですが、それを学校は気付かなかったのかと思いますよね。

 

気付かないんです。何故かと言うと、私めちゃくちゃ成績良かったんですよ。体育以外は全項目A評価が当たり前みたいな。

成績がいいと「家庭に問題がある」って思われないんです。成績が良くて素行もいい子供だったので、全く問題視されませんでした。例えあからさまに××××でも、××××××でも。

 

 

 

私は嫌になりました。この家の子供に産まれたことが、嫌で嫌で、恥ずかしくて、愛されていないのも恥ずかしくて、なんでこんな苦労をしなくてはならないのかと、私は間違ってないのに、どうしてこの家では間違ってない私の方が尊重されないのだろうと。

 

 

 

私は、嫌になりました。小学5年生でした。

当て付けで死んでやろうと思いました。

 

この家で起きていることを手紙にしたためて自殺すれば、皆、両親を非難してくれるだろうと。私がどんな苦しい思いをして生きてきたのか、知らしめることになるだろうと。

何せ小学生です。捨てるのが惜しいモノなど何もありません。富も名誉もない、振りかざすなら命しか無い存在です。

 

しかし死ぬのは怖いです。階段の上から飛び降りようか迷って、私はしたためた手紙を落としました。その手紙は誰にも届きませんでしたが。

 

週末、祖母の家に行きました。そういう状況だったのを、一度も祖母に言わなかったのかと疑問に思いますよね。

 

言いませんでしたよ。

 

心配かけたくなかったから、というより、人には誰かに相談するという選択肢があることを、子供の頃の私はよくわかってなかったんですよ。

さっき書きましたよね。私、母親と会話をしたことが無いんです。だから、自分のことを人に相談をするという発想が無かった。情緒みたいなモノが正しく育ってなかったんだと思います。コミュニケーション能力も。(これは今でこそなんてことないですが、10代の頃は結構なハンデになりましたね)

 

あと、妙に達観してしまっていたというか…どうにかなる訳ないと思っていました。そして実際何が介入してくれる訳でもなく、どうにもなりませんでした。

 

 

 

 

祖母は私が中学生の時に亡くなってしまいました。本当に、何も返せないまま、亡くなりました。

この時から、私に無償の愛を与えてくれる唯一の人は居なくなってしまいました。

家にいるのは、私が夜道で痴漢にあって泣きながら帰っても、無視するだけの人の形をした何かだけ。

 

 

 

 

 

 

私には人生のテーマというか、謎というか、気になっていることがひとつあって、

 

 

人は思い出だけを糧に立ち上がることが出来るのか?

 

 

というものです。

 

 

 

死にたい程辛い時、奇跡が起こって救われる様なこと普通無いでしょう?ドラマや漫画じゃあるまいし。

例えばフィクションの主人公は幸福になるのに見合う努力をしたんだとしても、そもそも現状がひっくり返る様な何かが最初に起こってくれています(それは勿論悲劇でもあるのですが)

 

 

しかし私達の空からは何かが降ってくることはありません。

 

 

ですから、もし、死にたい程辛くて、支えてくれる人もいなくて、もう自分には何もないと思った時、人は過去に愛された記憶だけを糧に立ち上がることが出来るのか?

現状ではない、遠い過去に受けた無償の愛の記憶だけでも、人は立ち上がることが出来るのか?

 

それが私の疑問なのです。

 

 

だから、いつかわかったら、報告しますね。ここは私の独り言を記す場所ですし。

 

 

 

 

 

 

 

シャンメリーの泡を見つめながら、「自殺の準備」で検索して、こんなことを思い出した夜でした。

 

 

 

ちなみに祖母が亡くなった2年後、私はひとりの男性と出会います。

その人はその時はひとりじゃなかったけど、その後両親と兄の3人を亡くしてしまいます。

 

産まれた時から家庭の中ではひとりだった私は、今両親と絶縁してしまったけど全く寂しくありません。

しかし、産まれた時から愛されていた人が徐々に孤独になっていくというのは、どれ程悲しいものなのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ずは部屋の片付けをします。ただ年末だからですよ。このエントリは読み返しません。